六十里越街道を歩く―1泊2日の巡礼トレッキング―

朝日エリア


山形県の海側にある鶴岡市と内陸を結ぶ六十里越街道。約1200年前の古代から開かれ、山岳信仰が盛んだった室町・江戸時代には、湯殿山を目指して全国各地から訪れる参詣者でにぎわったと言われています。

古道とは、その昔、人々が歩いていた旧道で、生活の道として使われていたもののほか、山の中を通る山岳古道や、霊場を目指して行者が歩いた道もあります。全国各地にさまざまな古道がありますが、いまも雄大な自然景観や石畳など、当時の面影を残す道が多く残っています。中でも熊野古道は世界遺産として知られていますが、まだ広く知られていない魅力的な古道も数多く存在します。

六十里越街道とは

山形県にある六十里越街道は、1400年以上の歴史を持つ日本屈指の修験道の霊場「出羽三山」へと続く歴史ある参詣道で、豊かな自然と信仰の深さを感じられる、ぜひ歩いてみたい古道のひとつです。鶴岡市から山形市へとつながる一本のルートで構成されているため、行程が立てやすいのも魅力です。

六十里越街道は、約1200年前から人々が行き交ってきた古道であり、出羽三山・湯殿山へと向かう“祈りの道”です。かつて多くの参詣者が、この道を歩き、山へ、そして自分自身へと向き合っていきました。いまもその面影は、しっかりと残っています。寺社、出羽三山の遥拝、湧き水、深い森。ただ歩くだけで、自然と心が整っていくような、不思議な時間が流れています。

各スポットや歴史をより深く知りたい方や、ルート案内が欲しいという方には地元ガイド「山船頭人協会」による案内がおすすめです。
(申込み:(株)月山あさひ振興公社 TEL0235-53-3411)

1泊2日で歩く六十里越街道

中でも、フルで魅力を体験するなら、鶴岡市松根(※注)から湯殿山参籠所までの道を、1泊2日でじっくり歩いてみるのがおすすめです。1日目は、注連寺や大日坊といった歴史ある寺をめぐりながら進み、田麦俣の「民宿ななかまど」で宿泊。2日目は里の風景を抜けて再び古道へ入り、大堀抜や小堀抜といったダイナミックな地形や、ブナ林の美しい森を味わいながら、湯殿山のふもとへと下っていきます。自然と信仰、どちらも感じられるハイライトが詰まった行程です。
自然と歴史をたっぷり味わえる古道歩きは、トレッキングのように大自然の中をゆっくり歩く旅。「道そのものを味わう」時間です。登山のように山頂を目指すわけではありませんが、峠を越えるアップダウンもあり、しっかりと歩きごたえも感じられます。

※注…松根から東岩本までのルートは未整備のため、歩く際には注意が必要です。取材時は、松根から山船頭人さんにガイドいただきました。整備済みの東岩本からスタートするのもおすすめです。即身仏で有名な本明寺にもぜひ立ち寄ってみてください。

〇行程・目安時間

1日目①松根~本明寺:2時間~2時間半
②本明寺~大日坊:2時間~2時間半
③大日坊~民宿ななかまど:1時間半~2時間
2日目①民宿ななかまど~七ツ滝付近:1時間
②七ツ滝~独鈷茶屋跡:1時間半
③独鈷茶屋跡~細越峠:1時間半
④細越峠~湯殿山:1時間~1時間半

〇持ち物
山の中を歩きますので、登山やトレッキングと同様の準備をおすすめします。熊など動物との遭遇や遭難のリスクを減らすためにも、複数人で歩くのがおすすめです。

□トレッキングシューズや登山靴
□リュック
□レインウェア上下
□防寒具
□お弁当、行動食(途中で購入する場所はありません)
□飲み物(途中で購入する場所はありません)
□熊鈴
□熊スプレー
□スマホの予備バッテリー(充電)
□地図(アプリなど)
□トレッキングポール(あれば)

〇トイレ
トイレは途中にほとんどありません。1日目は、里に一度おりて長く歩いたところにしかなく、2日目も山岳トイレがある場所がありますが、かなり数が少ないです。事前に必ずすませ、不安な方は携帯トイレを持っていきましょう。

1日目:参詣の歴史文化を感じて歩く

スタートは松根八幡神社から。私が歩いた日は、小雨交じりの朝でした。歩き始めると、ゆるやかな登りが続いていきます。1時間半ほど進んだ先にあるのが十王峠(標高483m)の見晴らしポイント。

晴れていれば月山の展望が広がる場所で、「この景色を、昔の人も見ていたのかな」と、ふと足を止めたくなる瞬間でした。

十王峠からは下りになります。イタヤ清水は道の途中に現れる澄んだ湧き水。長い道のりを歩く人たちを、ずっと癒してきた場所です。

十王峠から、約30分からゆっくり歩いて1時間ほどで、「湯殿山 注連寺」に到着。かつて女人禁制だった湯殿山をここから遥拝したと伝わります。静かな山あいに建つ古刹で、凛とした空気に包まれています。

さらに1時間ほど歩くと、「湯殿山総本寺 瀧水寺大日坊」につきます。弘法大師によって開創され、女人が参拝することができる「湯殿山礼拝所」とされていました。ここでは即身仏が祀られ、今もその姿を拝観することができます。信仰の深さに静かに触れる場所。
(大日坊のほか、朝日地域では本明寺や注連寺においても即身仏を拝観することができます。)

皇壇ノ杉

大日坊の旧境内に立つ老杉「皇壇ノ杉(おうだんのすぎ)」は、山形県指定の天然記念物。ひときわ大きく堂々とした姿は、“パワースポット”と呼ばれるのも納得の存在感で、そばに立つだけで静かに力をもらえるような感覚に包まれます。

塞ノ神峠(標高512m)は1日目で最も高い場所。昔の人もここで一息ついたのかもしれないと感じます。

この日は田麦俣の「民宿ななかまど」で宿泊です。山あいの静かな集落で、あたたかい食事とやさしい時間が歩いた体にじんわり沁みました。

住所山形県鶴岡市田麦俣清水尻12-6(要予約)
※ご予約はお電話にて(TEL 0235-54-6328)
スポット情報そば処 ななかまど亭|民宿 ななかまど

2日目:自然の美しさと神秘を感じる

朝の空気はひんやりとしている中スタート。2日目はより深い森の中へ入っていきます。田麦俣の多層民家は茅葺き屋根が幾重にも重なる独特の建築で、雪深い地域ならではの知恵が詰まった山形県指定有形文化財。暮らしと自然が共にあった時代を感じさせてくれます。

歩き始めて間もなく現れるのが、日本の滝百選のひとつ「七ツ滝」。落差は約90mと迫力があり、見ごたえ十分。紅葉の名所としても知られ、この日は赤く染まった山肌を縫うように流れ落ちる、美しい滝の姿を見ることができました。

里を抜けると再び古道へ入り、ここからはほぼ森の中の世界。明るいブナ林に包まれながら歩く時間は、やわらかな光とふかふかの落ち葉、静かな空気に満ちていて、“森に抱かれる”という言葉がぴったりでした。

龍神ブナ、ラブラブナや千手ブナといった象徴的なブナの木々に出会いながら進んでいきます。昔も今も、旅人たちを静かに見守り続けているブナの巨木です。

小堀抜は、山を掘りぬいてつくられた街道で、湯殿山への参詣者が歩きやすいように江戸時代末期の嘉永年間に整備されたと伝えられています。人の手で切り開かれた道に、当時の往来の息づかいが感じられます。

さらにその先には、より深く掘り込まれた「大堀抜」が現れます。ブナの木々がつくるトンネルが約50メートル続き、やわらかな光に包まれながら歩く時間はとても心地よく、この道がどれほど大切に使われてきたかが伝わってきます。

途中でお弁当を食べながら、進みます。(「六十里越街道弁当」要予約/産直あさひ・グーへ TEL 0235-58-1435)

六十里越街道から湯殿山の鳥居を望む

そして、森の先にふいに現れる湯殿山本宮の大鳥居。視界が開けた瞬間、胸がじんと熱くなりました。静けさの中にある圧倒的な存在感。言葉にできない感動が込み上げます。

そしていよいよ到着です。湯殿山参籠所の大鳥居に迎えられ、ここまで歩いてきた達成感でいっぱいになります。きっと昔の人々も、厳しい山旅を経てこの場所を目指し、たどり着いたときの感動は相当なものだったはず、と自然と思いが重なります。

夕方までの参拝に間に合えば、そのまま湯殿山本宮に参拝して帰路につくのもよいですが、今回は湯殿山参籠所で一泊することにしました。

湯殿山に参拝

湯殿山参籠所は要予約で、一般の方も宿泊できる宿坊です。朝御饌祭への参列や、源泉「御神湯」への入浴も可能で、やさしいパワーに満ちた神様の湯に身をゆだねる時間は、とても神秘的な体験。歩き続けた体の疲れも、すっとほどけていきます。夕食は出羽三山に伝わる精進料理。やさしい味わいが体に染みわたり、旅の疲れがほどけていくようで、少しずつ力が戻ってくる感覚がありました。

ここで一夜を過ごし、翌朝、ご祈祷を受けてから湯殿山神社へ参拝。“語るなかれ、聞くなかれ”とされる聖地は、実際に訪れてみるとその意味がよく分かります。体験そのものが祈りになる、そんな場所でした。

六十里越街道を自分の足で歩く特別感

六十里越街道は、かつて参詣者がたどった道を、いま自分の足で歩くことができる特別な古道です。寺をめぐり、ブナの森を歩き、大自然にふれながら、最後に山道の先に湯殿山本宮の大鳥居を見たときの感動はひとしお。かつての人々が感じたであろう参拝への想いや感動が、静かに重なってくるようでした。雄大で、厳かで、シンとした森の美しさと神秘。この道には、他にはない深さがあります。ぜひ、自分の足で歩いてみてください。

 

harutau / 登山と旅が大好きなクリエイティブディレクター。重たいカメラをリュックにしのばせ、季節ごとに表情を変える山を巡っています。鶴岡の山々に惹かれ、月山や羽黒山、金峯山などを歩きながら、グルメや温泉にもすっかり魅了されました。山も街もまるごと味わう旅が、私の楽しみです。