旧東田川郡役所

旧東田川郡役所の写真

当初の郡役所は、明治12年から14年までの間に鶴岡市にある旧西田川郡役所などと時期を同じくして建てられたものといわれております。当時としては大変ハイカラな西洋建築でしたが、明治19年春、近辺の大火に巻き込まれ消失してしまいました。再建後は、純和風の重厚で威厳に満ちた建物として生まれ変わりました。内部は回廊式中庭に見られるような洋風建築様式も取り入れられ、文明開化の風を敏感に感じ取った当時の建築家の心意気を偲ばせてくれます。棟梁は当時庄内では第一人者といわれた高橋兼吉。彼は山居倉庫(酒田市)、西田川郡役所(鶴岡市)、善宝寺五重塔(鶴岡市)など全国に広く知られている建物を手がけた棟梁です。平屋建て、明治20年の創建。

東田川郡役所平面図
 

 

東田川郡役所の概要

 

木造平屋建 口型平面中庭あり 玄関、郡長室突出
軒高 4,545m
建築面積 512.3平方メートル
文化財指定年月日 昭和63年(1988)4月12日
 
 

■ 展示物紹介

明治11年(1878)、藤島に郡役所がおかれました。山形県令は鬼県令と言われた三島通庸、初代郡長は新潟県出身木村順蔵でした。
以来、茨城、群馬、滋賀、福島、山形県士族出身の郡長がおおよそ3~5年の任期で就任。明治44年(1911)、12代郡長の関原弥里が梵字川を開発し水力発電所を建設。電力で灌漑用水を揚水し郡内一円に配水。余った電気は郡内に配電。公益の電気事業として発展しました。

◆長倉徹コレクション「時の記憶者たち」

香炉時計の写真

明治の時計、カメラのコレクションです。明治初期から中期、主に酒田港を経て鶴岡に入ってきた輸入品です。当時の時計やカメラは非常に高価で富裕な商家や地主などが求めたようです。一部初期の国産品(精工舎など)もあって、一目見ただけで郷愁に誘われる懐かしさあふれるコレクションです。

○香炉時計(常設展示)

香を型につめて点火して、その燃え残りで時間をはかります。(江戸中期)

○欅櫓形漆塗ランプ台(木工芸)(常設展示)

ランプ台は日本様式の櫓から発想した大工さんの工夫に満ちた細工で、ごくシンプルに見えますが細工組み立てになっており、どっしり重く、正に日本的な様式のランプ台です。ランプは真鍮で、腰を絞った瓶子形で裾の段、胴の凸線で形を整えています。冠は丸曲げかんざしと寛文女性を思わせる、日本独自の形でその堅さがうかがえる物です。

 

◆焼失前の郡役所の模型(郡役所入り口に常設展示)

東田川郡役所は明治19(1886)年4月に火災で焼失、翌年5月に再建、現在の和風建築となりました。焼失前の明治14年、明治天皇が東北巡見の際立ち寄られた歴史があります。高橋兼吉とその娘婿、巌太郎の設計。

◆大正2年製作「庄内三郡地図」(旧、金庫室)

東田川郡役所、西田川郡役所、飽海郡役所の3つが明示された、大きな彩色掛軸です。羽越線は未開通、また鶴岡町・酒田町となっており時代の移り変わりを見る思いです。

◆藤島の歴史「明治・大正の藤島」

○明治・大正・昭和期の藤島スナップ

町中の光景、大正7年開通の藤島駅、疎開列車の車中など、当時を彷彿とさせる写真です。

○明治の教育や戦争の影

明治の教科書や軍服、当時の校舎などです。

○獅子の里ふじしま

藤島は獅子踊の盛んな土地柄、添川両所神社獅子をコンパクトに10分間で紹介するビデオは大人にも子供にも人気です。

◆添川両所神社獅子

添川両所神社獅子の写真

藤島地域は藤の里・獅子の里と知られています。当館内に等身大の獅子が展示されています。
藤島地域に残る獅子衣装(獅子の幕)の模様は巴・源氏車・波・千鳥を白く抜いた紺色の染物。その配置や形に各地区の違いがあります。幕抑えと呼ばれる布製の飾り物が実に愛らしい……。五穀豊穣の願いが込められたものでしょうが、野菜やうさぎ、亀など、荒々しい獅子に一見親しみを感じます。

 

◆伝統こけしコーナー(常設展示)

伝統こけしの写真

元藤島町教育長松田博昭氏(故人)が長年蒐集されました東北地方に伝わる伝統こけしのご恵贈に伴い、旧東田川郡役所の一角に「伝統こけしコーナー」を設け、46本のこけしを4月1日から常設展示致しました。こけし作家の特徴ある、表情豊かなこけしをぜひ、ご覧ください。