
明治30年(1897)〜明治39年(1964)
X線診断やレントゲン療法など放射線医学の先駆者であり、特に放射線による内科的診断の権威者であった。
当時のレントゲン診断といえば、骨・関節の写真診断が主であり、胸部や腹部の診断を国内で試みた者は非常に少なかった。
彼はこの分野の開拓に挑み、肺・心臓・胃・腸など、当時としては画期的な領域までレントゲン診断する道を切り開いた。医学史上の功績として今なお高く評価されている。
しかしその代償に、放射線は彼の身体を蝕んだ。親指を除く両手指が潰瘍を起こして全指を第一節より切断。更に左手を切断するまでに至ったのである。自らの肉体を実験台に供しながらも研究をやめなかった。まさに聖医というべきであろう。