大宝館展示人物紹介

佐藤 忠三 (さとう・ちゅうぞう)

明治31年(1898)〜昭和51年(1976)

剣聖と呼ばれ、或は剣豪と称されて、長い間日本の剣道家を養成した人である。

忠三は10歳の時に講武館という町道場に通い、荘内中学に入って宮村利貞の薫陶を受け、「将来は日本一の剣道家になろう」と志した。

以後、京都武道専門学校に進み、剣道一筋、命をかけて精進に励んだ。北辰一刀流の奥義を極め、更に諸流派を研究して日本剣道形の理合を剣道界に普及するようになった。

京都武専を卒業すると直ちに同校の助手に迎えられ、続いて助教授・教授となって奉職24年間に及んだ。門弟数百人といわれ、現代の剣道界の重鎮として活躍した。

戦後は占領軍の命令で剣道が禁止となり、7年間不遇の時代を迎えたが、後に仙台市に移り、東北地方の剣道の興隆に力を尽くした。