致道博物館

御隠殿

御隠殿の写真

ここは元和8年(1622年)の酒井氏入国当時から藩の御用屋敷だった土地で、慶安年間(1648〜1651年)には、3代酒井忠勝の次男忠俊の住居がありました。現存する建物は、文久3年(1863年)に11代藩主酒井忠発(さかい・ただあき)が隠居所として建てられたもので、玄関と奥の座敷が残っています。

履き物を脱いで中に入ると、鶴ヶ岡城のジオラマが展示されており、昔の城下の様子がとてもよくわかります。このほか酒井家ゆかりの鎧、兜、調度品の数々をはじめ、奥の座敷に続く長い廊下には庄内竿などが展示されています。

奥の座敷(関雎堂)は、「能」を演ずることができるように、きれいな床板が張られ、床下には音響をよくするために大きな甕が並び据えられていたといいます。ここから眺める庭園はとても美しく大名屋敷の広壮な面影を偲ぶことができます。

また、座敷より続く茶室は、庄内藩中老・菅臥牛の遺愛の庵で、昭和26年に移築され「三餘室(さんよしつ)」と命名されました。三餘とは中国の古語で「雨は時の余り、夜は昼の余り、冬は歳の余り。」からとったもの。映画「蝉しぐれ」のロケもこの茶室で行われました。名勝酒井氏庭園を眺めながらお抹茶を一服どうぞ。

 

呈茶のごあんない

  • 期間5月1日〜10月ぐらいまでの午前10時〜3時
  • 料金お一人様 400円(季節のお菓子付)
  • 詳細はお問い合わせください。(電話0235-22-1199)
ご隠殿の玄関と「致道館」の額の写真   庄内竿の展示の写真   奥の座敷(関雎堂)の写真
小耳に鶴岡

致道館の額字

御隠殿の玄関を入るとすぐに「致道館」と書かれた額が目につきます。藩校 致道館ができたときに助教だった重田道樹(しげた・どうじゅ)は揮毫を命じられ、さまざまな書体でたくさんの書を書いたそうです。藩校の講堂正面には、楷書で書かれた額が掲げられています。
 
小耳に鶴岡

庄内竿

庄内藩では、心身の鍛練と武道の一助として いそ釣りを奨励していたといいます。城下から庄内浜までは、長い道のりを山越えをして歩いていくわけですから、そこを長い釣り竿を持って往復することは足腰の鍛錬に役立ったというわけです。当然竿も手作りです。藩士が自分のために納得がいくまで手間と暇をかけて作った竿の中から名品といえる庄内竿が生まれました。苦竹(にがたけ)を材料に竹のしなりや美しさをそのまま生かした一本竿で、名品になると数年から数十年の製作期間を要するそうです。
 
 
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