このページはJavaScriptを使用しています。
  HOME > エリア別 > 鶴岡 > さんぽびより > 鶴岡城下古地図

鶴岡城下古地図

       
       
       
 

本丸は、平屋建ての御殿が建っていて、藩主の居間や寝室などがありました。本丸の入り口には中の門があり、中の橋がかけられていました。ちょうど現在の大宝館のところにあたります。

二の丸には、弓や鉄砲、馬術を練習するところや武器などを入れておく土蔵などがありました。北東の隅にお城の守り神として稲荷神社がまつられていて、普段はなかなか中に入れない庶民も初午祭りの日にはお参りすることができたといいます。三の丸は侍町で、180軒の侍屋敷がならんでいたそうです。領内から集まるお米を入れる七ツ蔵もここにありました。

鶴ヶ岡城のまわりはお堀で囲まれ、城と外部との出入り口には木戸が設けられていました。上の地図には8カ所しか描いてありませんが、実際には全部で11カ所あって、漢字にすると「十一口」で吉の字になるのでめでたいとされていました。五日町や三日町という町名は、市のたった日がそのまま町の名前になったものです。

城の南側にある百間堀は、酒井氏が入城する際に、城の守りを固めるために作ったもので、明治になるとハスが植えられ、その後は田んぼに、終戦後は野球場になりました。現在はその野球場も、小真木原に整備されている運動公園に移転し、日本初の天然芝球場「ドリームスタジアム」として話題になりました。

百間堀は、新百間堀として再現され、キャンパスセンターは慶應義塾大学 先端生命科学研究所を中心に鶴岡タウンキャンパスとして文教都市「鶴岡」の新しいランドマークとなっています。

※JavaScript稼働可能なブラウザでご覧になりますと、地図にマウスをあわせると現在の地図と比較ができます。マウスが指の形になりますが、他ページへの移動は、ページ上に戻って、リンクボタンをご利用ください。