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《 歴史的建造物・史跡等 》

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区切り

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1. ■奥の細道歩道

(羽黒地区)奥の細道歩道(旧月山登拝道)は、峰入修行で山伏たちが歩く道である。ブナ林に囲まれ、徒歩で山頂から下りる自然散策路としても快適。羽黒山有料道路と平行に走っている。片道約40分。

2. ■小国城跡

(温海地区)小国城跡は、小国集落に隣接する地元で「楯山」と呼ばれる標高348.5mの山頂部に築かれており、出羽と越後の国境を守る重要な山城でした。ふもとからの標高差は約235mあり、山形県内の中世山城跡では最大の比高差です。小国城跡は、庄内地方の戦国時代における抗争の歴史の証言者です。
国指定 史跡(平成14年)

3. ■風間家旧別邸 「無量光苑 釈迦堂」

(鶴岡地区)丙申堂より約50m南側に位置する無量光苑釈迦堂は、良質の杉材を使った数寄屋風建築で、明治43年(1910)、丙申堂の別邸として建てられた建物。主に来客の接待などに使われていました。

4. ■加藤清正公墓碑

(櫛引地区)寛永9年(1632年)6月1日熊本城主加藤肥後守忠広公は幕府の忌諱に触れ領地52万石を没収せられて庄内藩守酒井忠勝公に預けられ丸岡一万石に移封された。在住22年承応2年(1653年)当地に没したが、その2年前の慶安2年には母堂即ち、父清正公の御正室も当地に於いて逝去された。その後父清正公のお骨も丸岡に埋葬されていることが伝えられて来たが、昭和24年12月天澤寺境内の五輪塔の下見調査の結果肥後の国弓野焼の壷に納っている御骨を発見した。
山形県指定史跡(昭和38年)

5. ■旧風間家住宅 「丙申堂」

(鶴岡地区)風間家は、鶴岡城下で庄内藩の御用商人として発展し、後に鶴岡一の豪商となり産業の振興に力を注ぎました。明治29年丙申の年、武家屋敷跡に風間家七代当主・幸右衛門によって住居と営業の拠点として建てられた丙申堂は、薬医門(約200年前の武家門)のある商家として当時の繁栄ぶりをよく残しています。約4万個の石が置かれた石置屋根が特徴で主屋を中心に4つの蔵や広大な板の間と大黒柱など、豪商の往時の面影を今に伝える貴重な歴史遺産として国指定重要文化財にも指定され、注目を集めています。

6. ■旧鶴岡警察大山分署

(鶴岡地区)真っ白い壁に、淡い青色の柱。2階のバルコニーには釣り鐘、入り口の両脇には昔風の明かり。美しくて、どこか懐かしさも感じさせるようなデザインの擬西洋館。(国登録有形文化財)

7. ■旧鶴岡警察署庁舎

(鶴岡地区)旧西田川郡役所と同じく、高橋兼吉の設計によるものです。明治17年(1884年)馬場町(現在の観光物産館前)に建てられ、新しい洋風工法に在来工法を巧みに取り入れたすぐれた建造物です。昭和32年(1957年)に致道博物館に移築されました。(県指定有形文化財)

8. ■旧西田川郡役所

(鶴岡地区)バルコニー、時計塔がついた木造2階両翼1階建てで高さ20メートル、ルネッサンス様式をとりいれた擬洋風建築。
国指定重要文化財(昭和44年)

9. ■近世念珠関址

(温海地区)現在の関所址は、古代鼠ヶ関が移転されたもので、移転された事情や時期は明らかではありませんが、庄内に酒井氏が入部された元和8年(1622)以後に整備されたといわれています。
市指定史跡(平成元年)

10. ■古代鼠ヶ関址

(温海地区)古代の関所は、新潟県との県境付近にあり、「白河の関」「勿来の関」と並んで奥羽三大古関として知られています。
市指定史跡(昭和47年)

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