鶴岡から湯殿山南側を通り、山形へと続く「六十里越街道」は、湯殿山詣の道と言われ、庄内藩主の参勤交代路としても利用されていた古道。かつて宿場として栄えた田麦俣には、 茅葺き屋根の多層民家が今も往時の姿をみせています。国土交通省選定・日本風景街道にも選ばれています。
◎時代の面影残す歴史街道
庄内地方と内陸を結ぶ「六十里越街道」は、1000年以上前の古代から開かれたと伝えられる。江戸期には、鶴岡を発ち、松根、十王峠、大網、賽ノ神峠、田麦俣を経て、大岫峠を越え、志津、本道寺、寒河江を通り山形に至る間の険しい山岳道路である。
山岳信仰がさかんだった室町・江戸時代には、東北・関東の各地から訪れる「行者」(参拝者)たちでにぎわったという。行者たちは白装束に身を包み、羽黒山・月山・湯殿山の「出羽三山」をめぐって歩いた。また、戦国時代には軍馬が足跡を刻み、藩政時代には参勤交代にも利用されたという記録が残る。庶民の生活にも欠かせない道であり、庄内からは魚介類やローソク、内陸からは、紅花や真綿、豆や葉タバコなどを背負って運ぶ人たちも行き来した。
大勢の行者や旅人たちが行き交ってふみしめられた道は、明治30年代になって道路が開通すると表舞台から退いた。苔むした沿道には今も、時代の名残をとどめる数多くの史跡がひっそりと眠っている。
春から秋にかけて、六十里越街道トレッキングのイベントが多数開催されています。
たっぷりの自然と歴史の息吹を感じながら、出羽の古道を歩いてみませんか。
◆お問合せ先
あさひむら観光協会(電話:0235-53-2111内線376・FAX:0235-53-3582)
※山船頭人(有料ガイド゛)を紹介します。
六十里越街道については
出羽商工会朝日支所のホームページ(六十里越街道ホームページ)もごらんください。

最終更新日 2012年 1月 17日