

開校時に定められた「学校中諸法度」(がっこうじゅうしょはっと:学校の中でしてはいけないきまりで、学校令条ともいう)は、次のようなものでした。
- 楽器以外の鳴り物を使ってはいけない。
- 碁や将棋などをしてはいけない。
- 集まって酒を飲んではいけない。但し、格別な理由がある時は校長・副校長に申し出ること。薬として用いている者が、夜、自室で一人で飲むのは悪くはない。
- 講堂で喫煙してはいけない。但し、格別な理由がある時は校長・副校長に申し出ること。
- 学習中に論じ合うのはよいが、言い争いになってはいけない。
- 学校の見学をむやみに許してはいけない。
- 行儀が悪いのはいけない。
- 席順は年齢順というきまりを乱してはいけない。
1の「楽器」は、東京大学名誉教授岸辺成雄先生の「七弦琴(しちげんきん)−日本の琴学と琴士」に、「・・・・・・江戸、京都、大阪を除き、琴士が輩出した地方の特筆すべき藩を、人員数の順であげると、水戸藩25人、庄内藩24人、会津藩18人、尾張藩14人、高松藩14人、津藩14人・・・・・・」などとあり、七弦琴のことではと思われますが未詳です。
3の但し書き後半は、眠り薬ですと言えば認められることになり、毎日朝6時から夜の10時までのハードな日課をこなす、殆どが30歳前後という舎生たちにとっては、何より有難い薬だったわけですね。

次に、文化12年(1815)の達し書きで、舎生(大学学部生か大学院生)たちの生活の様子を見てみましょう。
- 午前6時の板木が鳴ったら、直ぐに起きて仕度をし、それぞれの学業あるいは武芸あるいは会業など、好みにまかせて行うこと。
- 午前7時と午後1時の板木で、全員集まって食事をすること。終わったら舎へ帰り、各自の学業につとめること。
- 午後6時の板木で食事をし、終わったら、それぞれの学業につとめること。
- 午後10時の板木で、一同学業を止め休息すること。もし、仕かけていることがあって、それを仕とげたい時は午後12時まで許し、午前2時になることは許さない。まして、明け方になることは決して許さない。
- 日々の学業については、各自でそのあらましを記録しておくこと。
- 時々、両舎長出席のもとに、舎生全員集まって学業の講習をすること。
- 毎月6度ずつ親子兄弟と対面のため帰宅すること。もちろん泊って来てもよいし、また舎へ帰ってくるのも勝手である。6度のほか、どうしても必要な用事がある時は別だが、それ以外みだりに出入りすることは許さない。
但し、どうしても必要な用事で外出する時はもちろん、定めによる出入りであっても、舎長へ必ず断ること。
附 家内か近い親類などに大病人がいる時、看病人が不足か、あるいは心許なく思って付き添うのはこの限りではない。
30歳前後となれば、夫であり、父であり、一家の当主もいたことでしょうし、公務の一切を免除されているとはいえ、藩の期待を一身に負っているエリートとしてのストレスもあったろうことを考えれば、彼らにとって、一杯の寝酒ではない眠り薬の効用は、あらたかだったに違いありません。